『すべてはお客様の笑顔のために』
お客様に対して、直接この言葉を発する機会はないですが、
kakimoto armsの根幹にあるキーワードの一つです。
僕が入社したころから、要所要所で言われてきました。
じゃあこの言葉が生まれた背景はなんだろう?
今はどうなんだろう?
といったことを
一スタッフの目線かつ、お客様に届くようにお伝えしてみようと思います。
イケイケな経営者が感じていた「このままだとヤバいかも」という違和感
kakimoto armsの会長・柿本榮三(以下、柿本)は
いわゆるカリスマ美容師よりも、もう一つ上の世代です。
柿本だけではなく、そのころの美容師は
仕事のスタンスとして、けっこう『オレ様』的な人が多いです。
決して柿本を上げ下げするわけではなく、事実として
お客様を施術するときは、『先生としてお任せで仕事をする』という意味です。
その柿本が、独立して『柿本榮三の美容室』を創業したのは1976年のこと。
僕が生まれる8年前。
そう考えると感慨深いものがあります。
当時はカリスマ美容師というワードはありませんでしたが、
業界ではすごくうまい美容師としてけっこう有名だったようです。
柿本本人もイケイケで仕事をし、スタッフが増え、店舗が増え・・・
と順調に業績を挙げていたものの、
創業から10年ほどして、柿本本人が違和感を感じたそうです。
その違和感とは『お客様の笑顔が前と違ってきている』ということ。
そして、「自分がカットしても以前のように喜んでもらえなくなった」
「若い世代の客層が来なくなった」
とも。
でも、業界では相変わらず注目はされているから、
ヘアショーやセミナーは、オファーが殺到している。
心の奥底では「このままだとヤバいぞ」と思っていても、
業界やスタッフからはチヤホヤされるというギャップ。
でも「どうにもできない、どうしたら良いか分からない」もどかしさという違和感。
その違和感を払拭するキッカケになった話は、お客様からの別れ際の一言でした。
方針を180度変えるお客様の言葉と勇気
それは「私、白にしたのよ。」という一言。
その言葉を聞いて、柿本は心底後悔をしました。
そのお客様が、前回来店のとき『車を買う』という話題になり、
『何色の車を買うべきか?』という話で盛り上がっていました。
ところが、その一月後に来店したとき、
余りの忙しさの中で、車の話に触れることなく施術は終了。
それが冒頭の一言につながりました。
もちろん、それ以降そのお客様は2度とご来店されなかった。
そのお客様の話は、柿本がスタッフみんなに向けて今でも何度もします。
柿本本人の失敗談です。
お客様の心を傷つけてしまった話です。
そんな話は、本当は話したくないはずです。
でも、スタッフ全員と共有することで、戒めとしています。
そして、そのお客様のことをキッカケとして、
「自分が技術者、セミナー、ヘアショー、社長、経理、人事など全てを担当するにはもう限界だ!自分は裏方に回って、スタッフを生かそう!スタッフとともにやっていこう!」
と思い立ち、自分を、会社を大きく変えていきます。
言葉にすると簡単に終わってしまいますが、
10年やってきた経営方針を180度変えるというのは、相当勇気がいるはずです。
だって、もしこれで失敗したら
ずっと通い続けてくれているお客様の行き場所がなくなる。
スタッフ全員を路頭に迷わせることになる。
自分は借金地獄になる。
このままやっていけば、そこそこやってはいけるはず。
その気持ちを押し殺して、会社を、自分を変えたのは凄いことですよね。
名前を変え、コンセプトを変え、理念を変えて今がある
屋号を『柿本榮三の美容室』から『kakimoto arms』に変更。
それとともに、会社のシステムや理念を全て見直す中で生まれたキーワードの一つが
『すべてはお客様の笑顔のために』。
車の話のお客様には、心の底から笑顔を失わせてしまった。
じゃあどうすれば、今後そのようなことが起こらないようにできるのか?
もちろん美容室なんだから、技術力は高くて当然。
でもそれだけではダメだ。
お客様とのコミュニケーション力をもっと鍛えていかないと。
といっても表面的なテクニックじゃない。
お客様と心から信頼しあえる関係性でなければ。
そしてスタッフ自身はマネジメント能力も鍛えていかないといけない。
ポジティブに自分を変えていく勇気を持ち続けること。
自分を成長させるために。
それはイコール、お客様に常にフレッシュな自分を感じてもらえるように。
そして、自分たちは誠実でなければいけない。
お客様のためにも、自分たちのためにも。
他にもいくつもの想いを言語化していきます。
でもこれらは決してルールではありません。
理念として社内で共有していることです。
言語化はしているものの、具体的に縛るものは何もありません。
スタッフ一人ひとりが、自分で考えて自分で行動します。
一つ一つの行動が理念からブレなければOK。
柿本はこんな言い方もします。
「高い山の頂上を目指そう。
頂上を目指しているのであれば、どこから登ってもいい。
登り方は自由だよ。」
あるいは、こんなことも。
「エサがくるのを待つだけの養殖の魚になってほしくない。
貪欲にエサを探し続ける、身が引き締まった天然の魚になってほしい。」
教えてもらうのを待つのではなく、
自分で考えて、行動して、成長してほしいという想いが込められています。
すべてはお客様の笑顔のために。
それさえ忘れていなければ、僕たちの仕事のスタンスは自由です。
それぞれのスタッフが、目的を共有し、目標を持ち、その中で自由に仕事をする。
僕が所属するkakimoto armsは、そんな美容室です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
僕で良ければ何でもご相談ください(^_^)
ご相談のみでももちろんOKです。
ご予約も承っております。
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そのままweb予約もできます。
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追記。
僕は小さいころから美容師になろうと思っていたわけではありません。
当然、ヘアカラーリストなんて知りもしませんでした。
どこにでもいる普通の少年でした。
でも高校生のときに少しずつオシャレに気持ちが向いてきて
自分の髪をセットしていても上手くいかなかったとき
=世の中にはそんな人が多いはず
=そんな人たちの助けになりたい!
といったような理由で美容師を志すようになりました。
美容専門学校生のときに、ヘアカラーリストとの出会いを経て現在にいたります。
この記事では、僕の生い立ちから、どのようなキッカケでヘアカラーリストになったかが分かります
僕はヘアカラーが大好きです。この仕事は天職とは言わないまでも、自分には向いてると信じて働いています。 この記事は、そんな僕の半生の物語です!